【コラム】ラースタの憂鬱

 1994年に日本初のフードテーマパークとして開業した「新横浜ラーメン博物館」の成功と、2000年前後のラーメンブームも相まって、これまで全国に数多くのラーメン施設が出来たが、一過性のムーブメントの中で消えていった。しかし、2001年にオープンしたキャナルシティの「ラーメンスタジアム」は、2004年開業の「札幌ら〜めん共和国」や、2005年開業の「東京ラーメン国技館」と共に、今も数少ない成功事例として営業を続けている。

 新横浜ラーメン博物館の特筆すべき点は、ラーメン博物館単体で入場料も取る施設であることだ。しかし、その後次々と出来たラーメン施設はどこも商業施設内に存在し、入場料も必要が無い。これは一見後者の方が集客にアドバンテージがあるようにも思われるが、これはその商業施設の集客力に左右されるということであり、裏を返せばラーメン施設そのものに力が無くとも、ブームの間は存在出来た。2000年初頭のラーメン施設ラッシュに出来た施設が、数年経って次々と閉館に追い込まれたのは、施設そのもののコンテンツを磨くことを疎かにした部分も大きいのではないかと思うのだ。
 新横浜ラーメン博物館と他の施設の決定的な違いは、ラーメン博物館は観光地であり目的地であるのに対し、他の施設は平たく言えばラーメンに特化したレストラン街でしか過ぎないという点だ。この違いは客層に如実に現れる。入場料まで払ってラーメン博物館内にいる人達の目的は、ラーメン博物館そのものであるので、当たり前だがラーメンを食べようと考えている人達ばかりで、さらには何杯か食べ比べようとまで考えている。しかし他のラーメン施設内にいる人達の目的は、買い物だったり映画だったりで、お昼にラーメンでも食べようか、くらいの目的意識しかない。よって施設内で食べ比べようなどと考える人はほとんどいないし、場合によっては施設を出てピザやうどんを食べてしまうかも知れない。この差はとても大きい。

 結果、施設内で客の取り合いになったり、セットや安売り合戦になったり、一ヶ所で色々な美味しいラーメンを食べられるというラーメン施設の楽しさが薄れてしまうのだ。まして、キャナルシティの場合は施設全体が、ここ数年インバウンドに向けて積極的な施策を打っていることも手伝って、ラーメンスタジアムの中は半数以上、多い時は8割以上が外国人観光客であるということもある。結果として店頭には中国語や韓国語、英語のメニュー表記がされて、一瞬ここが日本であることを忘れてしまうほどだ。

 日本有数のラーメンの街である福岡博多のラーメン施設が、観光客向けの食堂街のような存在であることに一抹の寂しさを覚える。新横浜ラーメン博物館のように、ラーメン文化が学べて、さらに全国各地のご当地ラーメンの魅力も発信し、さらにそれをを食べ比べ出来るような、そんな施設であれば良いのにと思う。もしくは、ラーメン王国九州のラーメン文化を伝える拠点として、福岡、佐賀、熊本、大分、宮崎、鹿児島などの豚骨ラーメンが集結するような施設になったら、なおのこと素晴らしいのにと、この場所を訪れるたびに悶々としている自分がいる。


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